妊娠はコリン動態を変化させる
    (出典 Am J Clin Nutr. 2013, 98(6), 1459-67.)


    2022年1月1日(土)
     

     FDA(アメリカ食品医薬品局)では、授乳婦はコリン化合物をしっかり摂取するようにAIを示しています。一般成人女性では、425mg/日ですが、授乳婦は、550mg/日になっています。なぜならば、母乳の中には水溶性のコリン化合物がたくさん含まれていることが知られている(Am J Clin Nutr. 1996, 64(4), 572-6.)ため、摂取強化を主張しています。
     しかし、妊娠中にコリン代謝がどのようになっているのかはほとんど知ら得ていない。今回の研究では、メチル-d9-コリンという安定同位体を用いて実験を行いました。  健康な妊婦(妊娠27〜29週、n=26)と非妊娠(n=21)の女性に12週間、コリンを480mg/日(安定同位体100mg/日を含む)もしくは960mg/日(安定同位体200mg/日を含む)を無作為に割り付けて摂取してもらった。試験期間中、全参加者に600mgの葉酸、2.6mgのビタミンB12と1.9mgのビタミンB-6、更にドコサヘキサエン酸(DHA)を200mg、毎日同様に摂取してもらった。摂取期間中の食事は、妊婦、非妊婦ともに同じ食事を用意して食べてもらった。
     摂取期間終了後、空腹時母胎血液を採取し、血清及び血漿を調整して、液体クロマトグラフィ・タンデム質量分析(LC-MS/MS)にてメチル-d9-コリンを持つコリン化合物の分析を行ないました。
     結果、血液中のd3-PC(同位体ではないホスファチジルコリン)の濃度は段階的に増加するのに対して、d9-PC(安定同位体の組み込まれたホスファチジルコリン)の濃度は高くなりませんでした。これは、CDP-コリン経路およびメチル化経路(PEMT)を考えてみると、胎児の脳の発達に寄与するため、メチル化経路(PEMT)は、DHAなど長鎖不飽和脂肪酸結合型ホスファチジルコリンを産生し、VLDLに取り込まれて、体内循環系に運び出され、胎盤および胎児を含む末梢組織にて利用されました。
      一方、d9-ベタイン:d9-PCの比率に応じて、妊娠中は、CDP-コリン経路とベタイン合成経路の間でコリンの分配が行われている可能性が示唆されました。具体的には、妊娠中は、コリンを経口摂取した場合、ベタインを合成するためにCDP-コリン経路に回されました。しかし、妊娠中にAIより多いコリンを摂取すると、メチル化経路(PEMT)を介したPC合成のメチル供与体としてのコリンの利用を促進されることが示唆されました。さらに、妊娠していない場合でも、AIより多くのコリンを摂取した場合は、メチル化経路(PEMT)の活性を刺激し、血漿PCプールを増加させました。
     結語として、妊婦中にAIより多量のコリンを摂取すると、1)血漿ベタイン濃度を非妊娠女性に近いレベルに上昇させました。2) 母親および胎児由来の組織におけるメチル供与体としてコリンの使用を増加させました、3)胎盤を介したPC産生およびコリン媒介ワンカーボン代謝の両方を支援するために必要であることが示唆されました。よって、妊娠中は、現在の推奨しているAIを超えるコリンの摂取量が必要だと思われました。

    用語解説
    安定同位体:同一の原子番号を持ち(陽子数は等しい),中性子数が異なる原子です。自然界には存在しないので、検出されれば、それは摂取したものだと分かります。今回は、3つのメチル基に結合する9つの水素が重水素に置き換わったため、同一化合物でも分子量が9増えることになります。この分子量の差を検出することで、摂取したメチル基がどこに組み込まれたか調べることが出来るようになります。

    コリンの摂取量は足りない?


    2021年3月14日(日)

     コリンは、生体において細胞膜を構成するリン脂質の素材であり、神経伝達物質であるアセチルコリンの前駆体など重要な枠割を果たしている4級アンモニウムイオンのトリメチルアミノメタノールである。更に、ヒトの場合、コリンは肝臓にてde novo の合成系で僅かに生成できるだけで、大部分の供給源は食事由来になっている。近年では、胎児期から乳幼児の脳を構築して行く上で重要な物質であると指摘されており、特に米国では妊婦、授乳婦に対してコリンの摂取量強化が叫ばれている。
     このため、米国コリンの目安値(AI)に関しては、ヒト試験の結果から成人男性550 mg/ 日、成人女性425 mg/ 日と設定された。特に強化が必要な、妊婦は480mg/日と授乳婦は550mg/日と設定した。何故、妊婦と授乳婦にコリン化合物摂取の強化が指摘されているかというと、胎児期、乳幼児期の脳の形成に際してコリン化合物が重要であるからである(Nutr Rev. 2006, 64(4),197-203.)。一方、コリンの過剰摂取がもたらす悪影響としては、コリン作動性の副作用(例えば、発汗、下痢)および魚臭様体臭の発生と共に低血圧が挙げられる。そのため成人に対する耐容上限量(UL)を3.5 g/ 日と定めている。更に、米国農務省はコリン摂取がしやすいように主要食品に含まれているコリン量に関して情報(USDA Database for theCholine Content of Common Foods)を提供している。ちなみに、欧州においても食品に関連するリスク評価、安全性について科学的助言を行っている欧州食品安全機関においてコリンの有用性の認可を求めて25 件もの申請が出され、2016年にAIが設定された。成人におけるAIを400mg/日とし、妊婦は480mg/日と授乳婦は520mg/日と設定された。米国では、国民のコリンの平均摂取量を検証した結果、設定したAIに比べて不足していることが明らかとなり(Nutria Today, 2018, 53(6), 240-253. 表)、米国国立衛生研究所では2018年より4年間で260万ドルの助成金を元に摂取状況の再検証を開始した。

    表) 2011〜2014年の米国での平均コリン摂取量

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